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Sa Ding Ding,薩頂頂
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DISCOGRAPHY
Sa Ding Ding,薩頂頂
ALBUM


アライブ
『アライブ』
ALIVE, 万物生

2007/6/5 on sale
UICZ-3091 \2,400 (税込) / \2,286(税抜)


収録曲
01) ママ・テン・ナ (Mantra)
02) アライブ (Mantra) VIDEO試聴 VIDEO試聴
03) 聖なる香り (Tibet Version)
04) 錫林河の辺にいる老人 (Self-created Language)
05) トオ・ロ・ニ (Sanskrit)
06) ラグ・ラグ (Self-created Language)
07) そよぐ花々 (Chinese Version)
08) 聖なる香り (Chinese Version)
09) アライブ (Chinese Version)
10) 傷ついた琴 (Chinese Version)


ビョーク、エニグマを思わせる大きな音楽性を持つ新世代China Pop Artistの話題作の登場です。
仏教や、モンゴル、チベットといった大自然をモチーフにした音楽観が、彼女の個性的な声により壮大な世界となって展開されています。
彼女自身も作曲や編曲に関わり、シンセサイザーと中国古来の銅鑼と太鼓等の楽器によるオリエンタルムード溢れる中国的ダイナミズムを感じることができます。
中国人歌手として初めてGRAMMY賞授賞式に今年招待され、マドンナ、U2、ストーンズのRemixを手がけるDJでありハリウッド映画音楽へも進出して活躍中のポール・オーケンフォールドがコラボレーションを計画等話題が盛り上がっている中UNIVERSAL MUSICより全世界デビューが決定!


「私の音楽が、私や皆さんを別の世界に導き、そこで違う自分を感じることができたらいいなということです。音楽の始まりは、あなたの夢への旅の始まりです。」

<ライナー>
 中国5千年の歴史と13億人の人口に畏怖の念を抱くのは、こういう異才に出会った時だ。本作『アライブ』で世界デビューを果たす彼女の名前は、サー・ディンディン。1983年12月27日生まれの23歳だ。ディンディンは、自分のことを歌手ではなく、「音楽人」だと言う。実際に1曲を除き、彼女自身がプロデュース、ソングライティング、サウンドの全てを手懸けている。アルバムのテーマは「仏教文化」だ。北京語以外にサンスクリット語、チベット語、さらには造語で歌っているが、詳細について触れる前に、まずは、電話で行ったインタビューをもとにサー・ディンディンをご紹介していきたい。

 首都・北京に生まれたディンディンは、幼い頃から音楽に興味を示し、さまざまなジャンルの音楽を聴いて育った。幼い頃は中国の古典音楽が大好きだった。特に心惹かれたのは内モンゴル族出身の祖母が歌うモンゴル民謡だった。そして、中学生になると、早くも現代音楽やテクノ・ミュージック、民族音楽に触手を伸ばし、北京の音楽学院ではポピュラー・ミュージックの作曲法と歌唱法を専攻。民族楽器以外に、ギターやピアノなども演奏できるという。
「最初は音楽の創作活動に興味を持ち、長い間作曲に専念しましたが、次第に自分のさまざまな考えを直接表現したいと切望するようになり、自分でも歌うようになりました。
 中国の音楽業界ではよく“音楽を装飾する”という言葉を使いますが、私の考えはそれとは全く異なります。まるでひたすらゴールを目指すアスリートのように能力の限界に挑戦するかのごとく、ひとつひとつの音色、メロディにこだわり、追求しています。私のゴールは、自分が思い描いたことと同じものをリスナーにも感じてもらえるような音楽を作ることです。音楽は、私にとって多くの人と交流する手段なのです」
 実力に加えて、ゴールが見えているからこそ、このような一片の迷いも感じられない、独創性溢れる音楽を作ることが出来るのだろう。
 ディンディンが中国で注目されたのは2000年のこと。中央テレビが主宰する音楽コンクールに出場し、最年少で銀賞を獲得したことで、デビューのチャンスを掴む。メディアは、テクノ・ミュージックの第一人者と呼び、中国音楽界に新風を吹き込んだという表現をする。当時音楽院に入学したばかりだったが、銀賞を受賞した直後にテクノのアルバムをリリース。それがこれまでに発表した唯一のアルバムだというので、今回の作品を制作するまではおそらく学業に専念していたのだろう。

 そして、満を持して約6年ぶりに制作することとなったアルバムは、冒頭でも触れたように「仏教文化」がテーマとなり、全てがここから始まった。
「私の音楽作りには特徴があります。興味を持った文化をベースにしながら、理解を深めたり、想像を膨らませるなかで、音楽を作っていきます。『アライブ』は仏教文化をテーマにしています。仏教は、中国人にとって欠かせない重要な存在で、国民のほとんどが仏教の影響を多かれ、少なかれ受けているので、私自身が表現しやすいテーマであったし、リスナーからも理解されやすいテーマでもあるだろうと考えました。具体的には『西遊記』の三蔵法師一行が苦難を乗り越えて持ち帰った経典などから歌詞を引用したりしています」
 確か中国は儒教の国だったはず。歴史的には深い関わりがあるけれど、現在も仏教が重要な存在だったとは知らなかったが、ディンディン自身は、仏教の開祖である釈迦の「四諦(したい)」の思想に感化されて、それを表現したいと考えた。それが企画の動機となったわけだが、仏教文化以外にチベットや雲南省の少数民族などの要素もアルバムに取り入れられている。と、漠然と説明しても、なかなかわかりにくいかと思うので、本人による説明を交えながら、ここで楽曲をご紹介したい。

1. 『ママ・テン・ナ』(マントラ)
男性による詠唱に続き、ストリングスを交えた演奏を挟み、ディンディンの無垢な少女のような声が響く。本人曰く、精霊という設定らしいが、彼女はチベット語で“私の先生、あなた自身が智慧、どうぞ私をあなたのような人にしてください”という意味の歌詞を繰り返している。アルバムのイントロダクションにふさわしい曲で、時空を超えて、悠久の世界へと導かれているような気持ちになってくる。「中国に“一日の師は生涯の父”という古い言葉があります。私にはいつも恩師と呼べる人がいますが、彼らは生活の中で多くのヒントを得るようにと言います。この曲は、彼らへのオマージュです」。歌詞は、チベット仏教のマントラにインスピレーションを得ている。

2. 『アライブ』(マントラ)
「この曲の創作は情熱に溢れるものでした。メロディとアレンジの両方が一気に出来上がりました。エレクトリックギターやベースと中国琴が競演を繰り広げ、さらにオリエンタル・ムードに溢れたエレクトリック・サウンド、中国の銅鑼や太鼓も使っています。中国的なダイナミズムが気に言っています。チベット語の歌詞は、古代文献から引用しています。大自然の生命力、現実を超越した感覚を伝えたいと考えました」
 イントロで男性の歌が流れるが、これは、チベットのレストランで地元の人達が歌っているのを録音したものだという。9曲目にこの曲の北京語ヴァージョンが収録されている。

3. 『聖なる香り』(チベット語)
唯一ディンディンが制作に関わっていない曲。90年代に日本でも話題となった中国の女性シンガー、ダダワを手懸けた河訓田(ホー・シュンティエン)がプロデュースした曲で、映画『ヒマラヤの王子』の主題歌にもなっている。元々はチベット出身の歌手が歌う予定だったが、ディンディンの歌を聴いた河訓田が彼女の声の虜となり、急遽差し替えたという。映画はすでにアメリカの映画祭で公開されており、ディンディンの声は大絶賛を受けている。8曲目にこの曲の北京語ヴァージョンが収録されている。

4. 『錫林河の辺にいる老人』(造語)
「私の祖母は内モンゴル族です。幼い頃、私は祖母と暮らし、彼女が歌う民謡を聴きながら眠りにつきました。祖母の歌は草原に響き、かすかな憂いと人恋しさが漂っていました。祖母はいつも歌は遊牧民だけではなく、母牛と母羊にも聴かせるものだと言っていました。歌が乳腺を刺激して、乳の出がよくなるそうです。祖母との暮らしは永遠に消えることのない大切な思い出です。今も草原に戻るたびに感情が抑えきれず、涙が溢れてきます。その思い出を歌にしたのですが、私はモンゴル語を話すことができません。最初は北京語で歌ったのですが、私が表現したい感情とあまりに隔たりがあり、そのなかで自然に生まれてきたのがこの造語です」
 この造語には意味はないという。また、曲の随所で馬頭琴の力強い演奏が印象的に流れる。

5. 『トオ・ロ・ニ』(サンスクリット語)
「最初に制作した曲です。当時デジタル機材が整っておらず、制限された中でイマジネーションを大胆にまで膨らませて制作しました。メロディとアレンジは順調に出来たのですが、苦戦したのが歌詞でした。手助けしてくれる人を探したのですが、適任者がおらず、そのなかでサンスクリット語の経典“宝篋印陀羅尼経”を復習していたら、サンスクリット語の文字の構成が私の音楽構成と同じであることを発見し、当てはめてみると、文字がぴったりと当てはまったのです。アレンジ面では生楽器を使わず、全てエレクトロニック・サウンドになっています」

6. 『ラグ・ラグ』(造語)
イントロで引用されているのは雲南省の少数民族、ラフ族の合唱であり、再びディンディンは造語で歌っている。
「清朝時代に外国の宣教師がラフ族の村を訪れて、和声と合唱を彼らに教えました。それから村にはある習慣が生まれました。もし、四部合唱であるならば、家ごとにバスとか、アルトとか、パートが決まっており、それが今でも継承されているのです。合唱のリーダーは村長です。私は彼らの完璧な音程に驚きました。この曲はラフ族へのオマージュであり、造語で歌うことで、彼らの神秘的なイメージを表現しようと考えました」

7. 『そよぐ花々』(北京語)
雲南省の小さな村を離れ、いきなり首都・北京に飛び込んできたような都会的な雰囲気の曲である。
「アルバムの中でも一番幻想的な色彩を放つ曲で、複雑に入り組んだ人間の感情を描いています。囁くような低い声は、聴き手の耳元で歌っている雰囲気を演出したかったからです」

8. 『聖なる香り』(北京語)
3曲目の北京語ヴァージョン。ここではひとりで歌っている。

9. 『アライブ』(北京語)
2曲目の北京語ヴァージョン。

10. 『傷ついた琴』(北京語)
「アルバムの最後に収録されている曲は、ピアノと弦楽器だけで演奏されています。アルバム全般に浮遊するエレクトロニックな音色にあなたの耳もそろそろ疲れを感じ始めているのではないでしょうか。この曲で心を休ませてください。歌詞も前半は、アルバムが完成した後の虚脱感と、制作している過程の精神的な満足感の対比を表現しています。後半は、造語でこれからも創作、想像、実験を続け、未知なる世界を追求していくことを示唆しています」

 ひとつひとつの曲に濃縮された意味と想いが込められていることが、よくおわかりいただけたかと思う。それにしてもすごいアーティストだ。生楽器とエレクトロニック、さらには言葉を自在に操り、曲によって発声や歌い方を巧みに使い分けている。楽器も中国楽器と西洋楽器を絶妙なバランスで混在させて、いにしえのサンスクリット語やラフ族の歌と現在をエレクトロニック・サウンドで結びつけている。そして、スピリチュアルである。
 それらの曲作りの方法について、こう語っている。
「いくつかの方法がありますが、私の場合は独特かもしれません。まず世の中に溢れている音色やリズムにインスピレーションを得て、そのイメージを膨らませることで曲を作っていきます。私にとってリズムは一番重要な存在。クルマの音もそうだし、自然界の音にも全てリズムがあります。それらが私の刺激となるのです。メロディも、リズムや音色から受けたインスピレーションから歌いたいという衝撃に駆られた時に自然と生まれてくるのです。そういう意味では造語もそうですね。意識することなく、自然に生まれた結果のものなので」
 このサー・ディンディンの造語の歌を聴いたユニバーサル・ミュージックの役員のひとりが「神と交流する言語だ」と語ったそうだ。その造語について、ディンディンはさらにこう説明している。
「私は言葉が生まれる前から、人間は歌を通じてコミュニケーションをとっていたと思っています。造語には特別な意味はありませんが、聴き手によって解釈する意味は違ってくるでしょう。私は、言語は無力だと感じています。感情が深まれば、深まるほど、特定の言葉は必要ではなくなります。今私は仏教を熱心に学んでいますが、宇宙には仏と神と人間が共存していて、3者でコミュニケーションを取っているというのが持論です。私はそのコミュニケーションの中に入り込む感触を探っていますが、特定の言葉で表現するのは難しい。そこで自然に生まれたのが造語というわけです」
 まだ23歳である。未知なる世界を大いに感じずにはいられないが、すでにマドンナらとの仕事で知られるプロデューサーのポール・オーケンフォールドなどがコラボレーションを申し込んでいると聞く。グラミー賞にも招待されたことがある。さまざまな人達の興奮がそれらからも伝わるが、素晴しい才能との出会いはアルバムを聴くほどに強く感じる。
 昨年あたりから、「脱プロデューサー偏重」の傾向が強まり、特にUK出身の若手シンガー・ソングライターが自分の個性を生かした音楽で、世界的な人気を集めているが、サー・ディンディンの登場で、なんだかアジアもおもしろくなってきたぞ、と私も今ものすごく興奮している。

2007年5月 服部のり子