品番 タイトル
UICZ-5015 芝浜  三代目 桂三木助 
UICZ-5016 饅頭こわい 五代目 古今亭志ん生
UICZ-5017 茶の湯 三代目 三遊亭金馬
UICZ-5018 権助提灯 四代目 三遊亭円遊 
UICZ-5019 厩火事 五代目 古今亭志ん生 
UICZ-5020 明烏 八代目 桂文楽 
UICZ-5021 猫の皿 五代目 古今亭志ん生 
UICZ-5022 粗忽長屋 五代目 古今亭志ん生 
UICZ-5023 品川心中 八代目 三笑亭可楽
UICZ-5024 子別れ 八代目 三笑亭可楽



◇◆結婚式のスピーチで“夫婦円満の秘訣はお互いにウソをつかない事です”などと言うが、この“芝浜”は女房のついたウソが亭主を出世させ、結果夫婦円満になるというウソをつく事が正義のような話である。腕はいいが酒飲みでなまけ者の魚屋の勝五郎としっかり者の女房。勝五郎が朝早く芝の河岸へ行き、大金の入った財布を拾う。喜んだ勝五郎は仲間を呼んで大騒ぎをし、散財した挙句眠ってしまう。やがて目が覚めた亭主に“財布を拾ったのは夢だ”とうそを言う女房。さらに“財布を拾ったのは夢だが仲間を呼んで散財したのは現実だ”と言われ一年発起して必死で働いて三年後には立派な魚屋になる。女房のうそに簡単にだまされる亭主。いささか現実離れしているように思うが、三木助の歯切れのよい語り口調に心地良くだまされてしまう。登場人物は勝五郎とその女房の二人だけだが、まるで名画のシーンを見るように各場面がしっかりと描かれている。特に三木助の“芝浜”は芝居的に演出してあるので、その場の状況を想像しながら聞くとよりいっそう深みが増す。最後の場面である大晦日。“あの時はうそを言って悪かった”と財布を前にして謝る女房と、その心遣いに感謝してお礼を言う亭主。このあたりの二人のしみじみとしたやりとりも聞き所である。三木助はこの落語を十八番にしているだけあってこの話にかける思い込みは強く、死ぬ前に盟友の小さんを枕元に呼び“俺のこの話を覚えて残してくれ”と言ったエピソードとあわせるとまた興味がわく。(収録時間:30’25”)
●芝浜      
三代目 桂三木助    
UICZ-5015


◇◆落語をよく知らない人でもこの“饅頭怖い”という言葉の意味をなんとなく知っている人は多いはずである。職場の上司や年長者がたまに“このへんで冷えたビールが怖いネ”とか“熱いコーヒーが怖くなったな”などと言っているのを聞いた事があるだろう。“怖い”というのは“好きだ”とか“欲しい”というような意味で使うのであるが、そのルーツがこの落語なのだ。町内の若い連中が集まって“好きなモノと嫌いなモノ”をテーマに世間話を始める。お互い“何が嫌いか?どんな動物や虫が苦手か?”という話題で大いに盛り上がってくると、話の腰を折るように“怖いモンなんかないゾ!”と言い出す奴がいる。どんな集団でも必ず一人はいる“はみ出し者”である。むかついた他の連中がその男に本当に怖いモノはないのか?と聞き出すと“実は饅頭が怖い”。そこで皆はその男を懲らしめようと饅頭を買ってきてその男の寝ている枕元に置くのだが、饅頭が怖いはずのその男は意外な行動に出る・・・。落語の中には起伏に富んだストーリー展開で人情の機微を描いた人情話もあれば、町内の若者達の世間話だけで成立してしまう“饅頭怖い”のような滑稽話もある。その両方をこなす志ん生という人は正に落語の申し子みたいな人でもっとも落語家らしい落語家と言われた。ちなみに志ん生が怖がっていたのは借金取りではないかと言われる。その証拠に、借金取りから逃げる為に芸名を前座名の朝太から志ん生まで十六回も改名した改名最高記録を持っている。 (収録時間:15’10”)
●饅頭こわい  
五代目 古今亭志ん生 
UICZ-5016


◇◆高齢化社会といわれて久しいが、団塊の世代が定年を迎えはじめてますますその感じが強くなってきている。そんな中、セカンドライフなどという言葉が定着し定年後の生活をいかに有意義に過ごすかというのがひとつの流れにもなっている。この話は御隠居さんのセカンドライフの話である。この御隠居さん、稼業を息子にゆずり、のんびりと根岸という閑静な場所に一軒家を借りて風流三昧を楽しもうと思ったのだが、若い頃から仕事一筋の人。趣味などなく、まして風流な事には全く縁がない。そこで、手伝いの小僧さんと何か面白い趣味はないかと相談を始める。今なら近くのカルチャーセンターの中から適当に選ぶところだが、当時はもちろんそんなものはない。迷った挙句、この家に前に住んでいた人がやっていた“茶道”をやる事にする。ところが、道具だけは揃っているが肝心の茶の湯のやり方を二人共まるで知らない。そんな二人が考えだした茶の湯はとんでもないものだった。とんでもない茶の湯に無理矢理招待された長屋の連中。にわか風流人にほんろうされた周りの連中がとった対抗策とは?この“茶の湯”という落語のオチは、数あるオチの中でも傑作中の傑作と言われていて、このオチを言いたいが為にこの落語を演じたがる落語家もいる程。四代目の金馬という人は物知りで知られていて、その落語もまた子供からお年寄りまでわかるように明快な口調で演出も細かいところまで気を配っている。ラジオの時代に落語を日本全国に広めた功労者でもある。 (収録時間:29’02”)
●茶の湯      
三代目 三遊亭金馬    
UICZ-5017


◇◆やきもちの話である。それも女性のやきもちの話。登場人物は旦那とその本妻とお妾さん。お妾さんというのは本妻以外の女性の事で二号さんなどともいい、今で言う愛人の事である。この三人の行動を冷静に見つめ時には鋭く分析などする男が“権助”である。権助というのは名前ではなく飯炊き専門に雇われた使用人の総称であり、田舎から出てきた不器用で気がきかない男である。気はきかないが、時には的を射る鋭い言葉を浴びせて周囲をびっくりさせる、与太郎と並んで落語の世界では貴重なキャラクターである。二人の女性の間をウロウロする旦那さんに遠慮なく浴びせる鋭い分析も聞き所である。普通は外にいわゆる“女”がいると家庭はもめるものだが、ここはいつでも円満。なぜなら、お互いにやきもちをやかないからである。本当に焼かないのか、それとも、究極のやきもちはこんな形なのか?聞いてみて判断して下さい。本妻さんは物分かりがよく優しい。またお妾さんの方も本妻をたてる。ある夜、風が強いので火事を心配した本妻さんが“お妾さんの方に行ってやりなさい”と言うので、旦那はお供の権助に提灯を持たせてお妾さんの方へゆく。すると、お妾さんが“本妻の方に行ってやってくれ”本宅に戻ると“あちらに行ってやって”。夜中に二人で本宅と妾宅を行ったり来たり。やがて、フランス小話のような洒落たオチが。結構、シビアで生々しいテーマだが四代目円遊の持つ飄飄とした味わいで聞くとなんとも軽くて後味のいい話になっている。 (収録時間:16’05”)
●権助提灯  
四代目 三遊亭円遊 
UICZ-5018


◇◆恋人と一緒にいる時、相手が自分の事を本心ではどう思っているのか?誰もが知りたい事だ。特に夫婦の場合、イザという時に本当に愛していてくれるのか?もしもボケたりしたらきちんと面倒を見てくれるのか?そんな事が気になるが、この話はそんな普遍的なテーマを堅苦しくならずに笑いながら学べるという作品である。年上の女性が年下の男性に惚れて一緒になる。男性側から見れば年上の女房というのは本当にあり難い存在だが女性側からみたら年が上というある種のハンデからくる不安が芽生えてくるもの。特に愛情という点に関しては一番微妙なところである。この話のヒロインはそんな年上の女房“お咲”。お咲さんが亭主を思うあまり、時に支離滅裂な行動を取るその純情ぶりが楽しい。仲人でもある大家さんに自分で亭主の悪口を言っておきながら、大家さんが“そんな奴なら早く別れちまえ”と言うと“そんなに悪い人でもないし・・・”とかばい始める女房のいじらしさ。大家さんの提案で亭主の大事にしているお皿をわざと割ってしまい、亭主の自分に対する本当の気持ちを試すわけだが・・・。純情なお咲とぐうたらな亭主、人生の達人である大家さん。この三人の描写が聞き所である。志ん生という人はその日の気分やお客さんのいわゆる“のり”で芸の時間やギャグの切れ味も微妙に違っていて、そこが天衣無縫、自由奔放の名人・志ん生と言われたゆえんであるが、この時はどうだったのか?そんな事も考えながら聞くのもまた面白い。 (収録時間:16’00”)
●厩火事  
五代目 古今亭志ん生 
UICZ-5019


◇◆食わず嫌いという言葉がある。実際に体験や経験をしないで頭から嫌だと思ってしまう事があるが、この話は正に食わず嫌いの話である。何を嫌うか?“女性”である。女性と接する事を嫌う純粋な若旦那を心配した父親が近所の遊び人の二人に“女遊び”を教えてやって欲しいと頼み込む。今なら、さしずめいろいろなマニュアル本が出ていて“初めてのデートはここ”とか“最初のキッスはこうやれ”とかこと細かく書いてあるのを読めばいいが、当時は町内のいわゆる“その道の達人”というのがいて、いろいろな遊び事等を伝授してくれていたのである。文楽という人は上品な色気ときっちりした芸が売りもので特にこの“明烏”は得意中の得意なだし物。気が弱く女の扱いがわからない若旦那、時次郎の描写が聞き所であり、また遊び人の二人のチャラチャラした会話も文楽の味がよく出ている。自由奔放な志ん生に比べて、磨きぬいて何度聞いても寸分違わぬ完成度の高い芸を目指した文楽。この生真面目なところをこの話の主人公の時次郎と重ねあわせて聞くのも面白い。その真面目さを表すエピソードのひとつで有名なのは文楽最後の高座である。ネタの途中で登場人物の名前を忘れてしまい“また勉強して参ります”と言って高座をおり、そのまま二度と高座にあがることがなかった。また落語の名人になると住んでいる住所でその師匠の事を呼んでいて、文楽は上野の“黒門町”という所に住んでいたので今でも“黒門町の師匠”と言えばこの人の事である。 (収録時間:24’00”)

●明烏  
八代目 桂文楽   
UICZ-5020


◇◆だましてやろうと思ったら相手の方が一枚も二枚も上手(うわて)だったという現代にも通じるテーマを持った話である。テレビの“ナントカ鑑定団”という番組では古いモノに値段をつけて価値を鑑定するが、興味のない人にはなんの価値もないものでも、マニアには喉から手がでる程欲しいモノというのはあるもの。田舎の茶店に猫の餌用にと無造作に置いてある“高麗の梅鉢”と言うマニアが見たら、いても立ってもいられなくなる程欲しくなる高価な皿。それをなんとか安く手に入れてやろうとする“ハタ師”と称する骨董の仲買い人。猫をもらったら餌用の皿も一緒についてくるだろうと、三両もの大金をはたいて手にいれた猫。皿を貰おうとするとなんと茶店のお爺さんは・・・。決して“大ネタ”というわけではないが、オレオレ詐欺や振り込め詐欺等弱い者をだまして平気な現代の詐欺師達に聞かせてやりたい“不思議な味わい”の落語でもある。この話そのものは小話程度の短い話だが、志ん生はこの話のイントロ部分、つまり“マクラ”の部分で楽しい小話をいくつも聞かせてくれている。それも聞きもの。志ん生と言う人は数々の伝説の持ち主。そのひとつ。大の酒好きの志ん生は時々酔っぱらって高座にあがりそのまま寝てしまう事があったが、その時にお客さんは志ん生の寝ている姿を楽しそうに見ていたという。誰かが起こしそうになると“バカヤロー! 寝かせといてやれ!”と起こそうとした客が他の客に怒られたという。それだけ愛された落語家と言える。 (収録時間:29’20”)
●猫の皿  
五代目 古今亭志ん生 
UICZ-5021


◇◆“粗忽(そこつ)”というのは“慌てる”“そそっかしい”という意味で“粗忽者”というのは“あわて者”“そそっかしい奴”という事になり“粗忽長屋”とは“そそっかしい奴らが住む長屋”という事になる。あわててそそっかしい八五郎と落ち着いていてそそっかしい熊五郎。この落ち着いていてそそっかしい、という人物設定がこの落語のポイントである。ある日、浅草を歩いていた八五郎が行き倒れになった熊五郎を見つけて大あわてで当人の熊五郎に知らせにくる。行き倒れ当人の熊五郎は自分で自分の死骸を引き取りにゆく事になるのだが・・・。自分が死んだ事も気がつかないで平気で生きている男の話で、早い話が自分の葬式の喪主を自分で務めているような、そんなナンセンスの極みというようなのがこの“粗忽長屋”である。ともすれば不自然になりがちで”いくらなんでもそんな奴はいないだろう”と思うが、落語という芸の持つパワーがそのあたりの理不尽さを越えて、聞いた後で妙な気分になる不条理落語とも言える。さて、志ん生という人も売れない時代は長屋住まいで、その長屋は“粗忽長屋”ならぬ“なめくじ長屋”と言った。なぜ“なめくじ”かと言うと、あまりにひどい場所に作った為に、一年中家の中になめくじがいたからだという。そのなめくじも並の大きさじゃなかったとか。そんな長屋暮らしの貧乏の極致で培った志ん生の芸はおかしさの中にペーソスが漂い、またそんな生活を潜り抜けた先にある“開き直った明るさ”が最大の魅力である。 (収録時間:23’25”)
●粗忽長屋  
五代目 古今亭志ん生 
UICZ-5022


◇◆“廓話(くるわばなし)”である。“廓”というのは“遊郭(ゆうかく)”と呼ばれる一種の男女の社交場のような場所の事であり、そこにいる遊女とお客の間の喜怒哀楽を描いた話が“廓話”と言われる。この話は品川に遊廓があった頃の話で、かつてそこの遊廓のナンバーワンだった“お染”という女がヒロインである。若い頃には人気があったが年とともに“落ち目”になってしまったお染。このままではみっともない、というので死んでしまおうと思うが、一人で死んだのではもっとみっともないから、誰かと心中しようと考える。このあたりのお染の心情を、ぼそぼそとつぶやくような芸風の可楽が演じると妙なリアリティがあって面白い。顧客名簿の中から一緒に死んでもいい奴を探し、貸本屋の金蔵という男が選ばれる。心中を持ち掛けられて一旦は承知するが、いざとなるとちゅうちょしてしまう金蔵の、揺れる気持ちとなんとか心中を成功させようとするお染。この二人の部屋でのやりとりも聞き所である。夜の品川の桟橋のシーンも鬼気迫る中になんともとぼけた味わいがある。ラストシーンでは心中に失敗して飛び込んできた金蔵を見て、博打の真っ最中の親分達が皆大騒ぎする。このドタバタぶりも爆笑を誘うところである。可楽は導入部分といわれるマクラで花魁(おいらん)の当時の様子や遊び方を丁寧に教えてくれる。この人は芸風が渋いという事もあって長く不遇時代が続いていたが、ラジオの時代になり一躍全国に売れた人で今でも隠れた人気を持っている。 (収録時間:22’43”)
●品川心中  
八代目 三笑亭可楽 
UICZ-5023   


◇◆晩婚化が進み少子化にますます拍車がかかるという傾向の今、親子や夫婦の情愛についてしみじみと考えさせる名作である。大工の熊五郎がお通夜の帰りに吉原へ行き、三日も家を空けて四日目に酔って帰ってくる所から始まる。文句を言う女房に言い訳をしているつもりが、いつの間にか昔なじみの女郎とのノロケ話になり大喧嘩。挙句の果てに女房に離縁状を叩きつける。女房は子供の亀吉を連れて家を出てゆく。この後のストーリーが巧みで涙と笑いの人情喜劇を見るように展開してゆく。女郎と一緒になったがすぐに別れてしまう熊五郎。心を入れかえて仕事に励み三年経って生活も安定してきたある日、出入りの番頭さんと仕事に行く途中、別れた子供の亀吉に偶然会う。このシーンの熊五郎と亀吉のぎこちない中にほのぼのとした親子の情が感じられる会話がなかなかいい。熊五郎は亀吉に小遣いを渡し、明日の再会を約束して別れる。亀吉を問い詰め熊五郎に会う事を知った女房が次の日、様子を見に行ったところで親子三人が再会。子供の機転で夫婦が仲直りするまでのやりとりも聞きごたえがある。可楽という人は“天狗連”と言われた当時の落語のセミプロ集団からプロになった人で苦虫をかみつぶしたような顔と鼻にかかったダミ声でぼそぼそとつぶやくような語り口調が売り物で、この“子別れ”も感情を抑さえた演じ方が笑いと共にある種の感動を呼ぶ。ちなみにオチの“かすがい”というのは木材と木材をつなぎ止める為に使うもので、つなぐ時に金槌で叩くのでオチの亀吉の台詞はその事からきている。 (収録時間:23’45”)
●子別れ  
八代目 三笑亭可楽 
UICZ-5024